いつもは横になれば引っ込むふくらみが、今日は戻らない。触ると硬くて、押すと痛い。あるいは痛みはそれほどでもないのに、なんとなく様子がおかしい。夜や休日にそんな状況になると、救急に行くべきか、朝まで待てるのか、判断がつかなくなります。
この記事は、今まさに迷っている方に向けて書いています。嵌頓(かんとん)の前兆、「痛くない」ときの考え方、自分でできること、受診までの時間の目安、連絡する先の順に説明します。嵌頓が起きる理由や放置した場合の経過は、放置するとどうなるかの記事に書いたので、ここでは省きます。
先に結論を書きます。見るのは痛みの強さではなく、「いつもは戻るふくらみが戻らないこと」です。そこに吐き気やお腹の張りが加わったら、すぐ医療機関に連絡してください。
嵌頓とは、足の付け根のすき間から飛び出した腸や脂肪組織が、すき間で締め付けられて元に戻らなくなった状態です。締め付けられた部分は血が通いにくくなり、時間がたつほど腸が傷みます。だから、鼠径ヘルニアのなかでいちばん急ぐ状態です。
起きる仕組みや、起こしやすいタイプ(大腿ヘルニアなど)はリスクの記事に任せます。ここでは、症状が出たときの見分け方と動き方だけを書きます。ふくらみに慣れている方ほど「いつものこと」と流しがちです。普段との違いを探すつもりで読んでください。

嵌頓の前兆と初期のサイン
嵌頓は、ある日突然始まることもあれば、その前に「いつもと違う」という変化が出ていることもあります。次の変化に気づいたら、前兆だと思ってください。
いつもは戻るふくらみが戻らない
横になる、軽く手を添えるなどで引っ込んでいたふくらみが、同じやり方で戻らなくなる。これがいちばん基本のサインです。出たままの時間が普段よりはっきり長いときも、同じに考えます。
触ると硬い、押すと痛い
普段は柔らかいふくらみが、張りつめたように硬くなり、触ると痛みます。痛み方は「重い」「つっぱる」「ズキズキする」などさまざまです。これまでになかった痛みが加わったかどうかを見てください。
皮膚の色が変わる
ふくらみの上の皮膚が赤みを帯びる、紫がかる、熱を持つといった変化は、腸の血の流れが悪くなっているときに出ます。ここまで来ていれば、様子を見る段階ではありません。
吐き気、お腹の張り、便やおならが出ない
ふくらみより、お腹の症状が先に気になる方もいます。気持ちが悪い、吐く、お腹全体が張る、便もおならも出ない。これらは、腸の通り道がふさがる腸閉塞を伴っている合図です。ふくらみの変化と一緒に出たら、嵌頓を強く疑います。
前兆が出やすい場面
重い物を持ち上げた直後、排便で強くいきんだあと、咳が続いた日の夜、長く立ち続けた夕方などです。お腹に力がかかったあとでふくらみの戻りが悪くなったら、その日のうちに状態を確かめてください。普段の見え方は症状セルフチェックの記事に書きました。ここでは「普段との違い」だけ見れば十分です。
痛くない嵌頓はあるのか
「痛くない嵌頓」は、よく検索されている言葉です。それだけ不安な方が多いのだと思います。答えを書くと、初期には強い痛みが出ないことがあります。
嵌頓の進み方は一定ではないからです。締め付けが軽いうちは、重い感じやつっぱりだけで済むことがあります。ただ、締め付けが続けば、時間とともに痛みが強くなるのが一般的です。逆に、強かった痛みが急に和らいだときも、よくなったとは限りません。傷んだ部分の感覚が鈍くなっただけで、状態が進んでいることがあります。
高齢の方、痛みを我慢しやすい方、痛み止めを飲んでいる方は、とくに痛みが目立ちにくいことが知られています。「痛いから急ぐ」とは言えても、「痛くないから大丈夫」とは言えません。
ふくらみが戻らず硬いのに、「痛みは我慢できる程度」と数時間過ごし、そのあと急に強い痛みと嘔吐が出て受診する方がいます。我慢できる痛みだからといって、安心はできません。
見るのは次の3点です。
- いつもは戻るふくらみが、戻らないままか
- ふくらみが硬いか、押して不快感があるか
- 吐き気、お腹の張り、便やおならの停止があるか
痛みが軽くても、どれかに当てはまれば連絡してください。
嵌頓が起きる確率は、どう考えるか
「自分が嵌頓する確率はどのくらいか」も、よく検索されます。一般に、ヘルニアがある人が嵌頓を起こす割合は、年あたり数%未満とする報告があります。ただ、調べた人の年齢や性別、ヘルニアの種類、観察した期間で数字は変わります。数字だけで判断するのはやめましょう。
この数字は、「だから大丈夫」にも「だから危ない」にも使わないでください。確率は大勢の平均で、今夜の自分に起きるかどうかは教えてくれません。迷う場面で大事なのは確率ではなく、「いまのふくらみが戻らない」という目の前の事実です。放置との関係は、前に紹介した嵌頓のリスクの記事に書いています。

戻らないとき、自分でできること・してはいけないこと
救急に連絡するか迷っているあいだに、自分でできることと避けたいことを書きます。
してはいけないこと
- 強く押し込む、揉む、叩く。締め付けられた腸を傷つけ、悪化させるおそれがあります
- 市販のヘルニアバンドや下着で無理に押さえ込む
- 痛み止めを飲んで様子を見る。症状が隠れて、受診の判断が遅れます
- 飲食を続ける。手術や処置が必要になる可能性があるため、食事は取らず、飲み物も少量にとどめます
- 入浴やお酒。血の巡りが変わり、症状が分かりにくくなります
試してよいこと
仰向けに寝て、膝を軽く曲げ、足の付け根の力を抜きます。腹圧がかかっていない姿勢で、数分から十数分ほど、ふくらみが自然に小さくなるかを見る方法です。手を添えるときも、押し込まず、そっと触れる程度にしてください。
この様子見は短い時間だけにします。何十分も横になって待つのはやめてください。戻らなければ、そこで次に進みます。戻った場合でも、強い痛みや硬さがあったなら、翌日以降に受診してください。
家族が付き添うときに見ること
本人が痛みを訴えなくても、顔色、冷や汗、動きたがらない様子、会話の受け答えの変化を見てください。高齢の方は、症状をうまく言葉にできないことがあります。本人の同意をとって、ふくらみの硬さや熱っぽさ、皮膚の色も確かめてください。迷ったら、家族が代わりに電話して構いません。
医療機関に伝えるために控えておくこと
電話で聞かれやすいのは、次のことです。ふくらみに気づいた時刻と戻らなくなった時刻。痛みの強さ。吐き気や嘔吐の有無。最後に便やおならが出た時刻。最後に食事をした時刻。飲んでいる薬。メモかスマートフォンに残しておくと、慌てずに話せます。
受診の目安を時間軸で整理する
医療機関によって考え方に幅はありますが、一般的な目安を時間の順に書きます。
すぐに救急へ(時間を問わない)
ふくらみが戻らず、次のいずれかがある場合は、時間を置かずに救急外来へ向かうか、救急車を要請してください。
- 耐えがたい痛み、または急に強くなった痛み
- 繰り返す嘔吐
- 発熱、ふくらみの上の皮膚の赤みや紫色
- お腹の張りが強く、便もおならも出ない
- 顔色が悪い、冷や汗が出る、意識がぼんやりする
戻らないまま数時間
強い症状がなくても、いつもの方法でふくらみが戻らないまま数時間たったら、医療機関に電話してください。発症から6時間前後が、処置や手術の内容を左右する目安として語られることがあります。夜でも、「朝まで待つ」と決めないでください。
戻ったが、強い痛みや硬さがあった
自然に、または姿勢を変えて戻ったとしても、「嵌頓しかけた」ことに変わりはありません。次は戻らないかもしれないので、翌日以降なるべく早く外科を受診し、手術の相談をしてください。何科を受診するかの記事に書いた外科・消化器外科が窓口です。
どこに連絡し、どこへ行くか
迷うのは「どこに電話するか」だと思います。順番はこうです。
手術を受けた、または診てもらっている医療機関がある場合
まずそこに電話します。経過を知っている医師に伝えられるからです。診療時間外の連絡先を案内している医療機関もあります。受診中の方は、診察券や紹介状に時間外の連絡方法が書いてあるか、普段のうちに見ておくと安心です。
かかりつけがない、夜間・休日で連絡がつかない場合
救急外来のある病院に連絡します。救急車を呼ぶほどか迷うときは、救急安心センター事業(#7119)のような救急相談ダイヤルに、症状を伝えて指示をもらえます。この番号は全国どこでも使えるわけではなく、地域で案内が違います。お住まいの自治体の救急医療情報で、夜間や休日に診てもらえる医療機関と相談窓口を調べておいてください。
強い痛みや嘔吐があるときは、運転せず、救急車か同乗者のいる移動手段を選んでください。
受診前の注意
救急外来には、お薬手帳(血液をさらさらにする薬を飲んでいるか分かります)、保険証、症状のメモを持っていきます。食事をしていたら、その時刻をそのまま伝えてください。麻酔の準備に関わるからです。名古屋での全体像は、日帰り手術と医療機関選びの記事に書きました。
病院で行われること

救急外来では、診察と画像検査(超音波検査やCT)、血液検査で、ヘルニアの状態と腸の傷み具合を調べます。そのうえで、処置は大きく2つに分かれます。
並行して、点滴や、吐き気があれば胃の中身を減らす処置をすることがあります。食事や飲み物の時刻は麻酔の判断に関わるので、必ず聞かれます。
用手整復
医師が手で、飛び出した腸をお腹の中に戻す処置です。発症から時間が浅く、腸の状態が保たれていると判断されたときに試みます。戻せても、それで終わりにはならず、再発を防ぐために後日の手術を計画するのが一般的です。強引に押すと腸を傷めるので、ご本人やご家族はやらないでください。
緊急手術
戻らないとき、腸の血の流れが悪い疑いがあるときは、そのまま手術になることがあります。時間が浅ければ、ヘルニアを整えてすき間を塞ぎます。傷んだ腸があれば、その部分を切り取ってつなぐ処置が加わります。切開の方法は状況で選びます。術式の違いは手術方法の記事に書きました。
入院の日数や費用は、状態と医療機関によって異なります。一般に、予定して受ける手術より入院は長くなりがちです。
嵌頓を避けるために、手術を待つあいだ気をつけること
ヘルニアと診断されて手術を待っている方、経過を見ている方が、日常で気をつけたいことです。経過を見るなら、悪化のサインを医師とあらかじめ決めておいてください。
- お腹に一気に力がかかる動作を減らす。重い荷物を持つ、いきむ、強く咳き込む場面です。便秘の対策も含みます
- 普段のふくらみを覚えておく。大きさ、戻りやすさ、触った感触が分かっていると、違いに気づけます
- 「戻りにくくなった」と感じたら、嵌頓を待たず、予約を早められないか相談する
- 時間外の連絡先を、診察券や携帯に控えておく
- 家族にヘルニアのことを伝えておく。夜中に本人が動けないとき、代わりに連絡できます
- 一度でも「強く痛んで、やっと戻った」経験があれば、次は戻らないかもしれません。手術の時期を早められないか相談する
脱腸帯(ヘルニアバンド)は、嵌頓を防ぐ道具ではありません。使用する場合は、医師に相談してください。
よくある質問
痛くなくても、ふくらみが戻らなければ受診が必要ですか
はい、連絡してください。初期には強い痛みが出ないことがあり、痛みの有無だけでは判断できません。戻らない状態が続くなら、まず医療機関に電話してください。
嵌頓の前兆は、どのくらい前から出ますか
個人差が大きく、明確な期間は言えません。前触れなく起こることも多い一方で、「戻りにくくなった」「押すと痛い」といった変化が先に出る方もいます。変化に気づいた時点で、手術の相談を進めてください。
自分で押して戻してもよいですか
強く押し込まないでください。腸を傷つけるおそれがあり、戻ったように見えても状態が進んでいることがあります。横になって力を抜き、そっと触れる程度で戻らなければ、医療機関に連絡してください。
夜中に戻らなくなりました。朝まで待ってよいですか
強い痛み、嘔吐、お腹の張りがあるなら、待たずに救急へ行ってください。症状が軽くても、数時間戻らないなら電話で相談してください。判断に迷うときは、お住まいの地域の救急相談ダイヤルが使えます。
用手整復で戻れば、手術は受けなくてもよいですか
一般に、手術は必要です。戻っても、飛び出す通り道は残っているため、再び嵌頓する可能性があります。後日の計画手術について、医師と相談してください。
嵌頓の確率は、どのくらいですか
一般に、年あたり数%未満とされる報告がありますが、ヘルニアの種類や年齢、観察の条件で変わります。数字よりも、いまのふくらみが戻るかどうかを優先して判断してください。
まとめ
嵌頓かどうかの分かれ目は、痛みの強さより、いつもは戻るふくらみが戻らないことです。硬い、押すと痛い、皮膚の色が変わる、吐き気やお腹の張りがある。こうした変化が重なったら、すぐ連絡してください。痛くないことは、安心の理由になりません。
無理に押し込まず、飲食を控え、手術を受けた医療機関か、診てもらっている医療機関に電話します。つながらなければ、救急外来か救急相談ダイヤルです。この順番を、落ち着いているうちに頭に入れておくのがいちばんの備えです。
この記事の監修者
明石 久美子医師(外科専門医/消化器外科専門医)
岐阜大学出身。これまで大垣市民病院、名古屋掖済会病院、名古屋大学などで消化器外科診療に従事し、現在は鼠径ヘルニアを専門に診療。これまでに約500件の鼠径ヘルニア手術に携わる。
保有資格:医学博士、日本外科学会専門医、日本消化器外科学会専門医、消化器がん外科治療認定医、日本ヘルニア学会鼠径部ヘルニア修得医、がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会 修了、麻酔科標榜医

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